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学会2世の自分は生まれたときから学会員で、子供の頃からずっと創価的世界観のままに育てられてきたものだ。
うちは狭い家なのに会合の会場にされていて、会合の度に信者たちがやってきて、自分は勉強する部屋もなく、会合が終わるまで部屋の隅に座っていたものだった。
会合のある日は自分の家なのにくつろぐこともできず、好きなテレビ番組も見ることができず、それが嫌で仕方なかったな。
しかも、会合の時間が終わっても、何人かの信者はすぐに帰らず夜遅くまで居残っていて、何かしらないがだらだらと喋り合っていたものだった。
それでも子供の頃はそれが当たり前のように思っていて、親に文句言ったりしたことはなかったな。
今から思えば、子供の頃もいい思い出はなかったな。

2015/11/20(金) 21:30 創価的環境 PERMALINK COM(0)
ずいぶん長い間記事の更新ができませんでしたが、一段落ついたので、これからまた続きを書いていこうと思います。

創価学会での思い出と言えば、前回も書いたように苦痛な思い出しかないが、その中でも折伏戦はかなり苦痛だったな。
とにかく折伏戦ではいつも成果の目標達成を迫られ、成果を上げられないと幹部からガンガン責められ罵倒されたから、とにかく嫌でたまらなかったものだ。
元々自分は他人に強引に何かを押し付けたりするのが苦手な質だったから、友人にしても職場の同僚にしても知人にしても、相手からはじめに断わられたらもうそのあと強く言い負かすということができなかったんだ。
1度、相手が断わってるのにしつこく創価学会への入会を奨めたら、相手は怒りだし、絶交させられたことがあったな。
そういう風に、友人はなくすし、絶交しなかった友人や知人であっても、「あいつは人を変な宗教に入れようとしている危険な奴だ」といった目で見られるようになってしまったんだ。
そして、創価の組織ではまた折伏の成果が上がってないといって幹部からガンガン責められ罵られるし、まったく散々な気分だった。
それでもその頃は創価学会に疑いなど持つこともなく、「正しい宗教なんだから嫌でもがんばって続けるしかない」と思っていたものだ。
今から振り返ると自分のバカさにも呆れてしまうのだが、その頃はそれ以外の発想ができなかったんだな。
子供のころからの刷り込みがいかに人生に影響するかということがよくわかった。
とにかく最悪の思い出でしかないな。
2015/11/17(火) 02:03 活動 PERMALINK COM(0)
創価学会での思い出と言えば、何といっても活動の激しさだったな。
特に男子部はほとんど毎日夜遅くまで活動に引っ張りだされてたな。
まあ、自分は特に創価が好きだということもなく、活動が好きだというわけでもなかったが、何しろ子供の頃に親に入信させられた学会2世だから、学会活動するのが当たり前という雰囲気の中で育ったから、
好きでもないのに断わることもできないまま、活動に引っ張りだされてたというわけだ。
そういう義務感の中での活動だったから、楽しい思い出というものはなく、苦痛な思い出しかなかったのは確かだ。
まあ、自分にとっては「創価=苦痛」という思い出しかないな。


2015/07/07(火) 01:27 活動 PERMALINK COM(0)
創価学会を脱会してかなり経つが、創価の思い出は今でも鮮烈に残ってるな。
それほど創価という集団は過激なところだったし、その活動も過激だったからなんだ。
これから思い出すままに、気ままに創価の記事を書いていこうと思います。
よろしく。




2015/07/01(水) 01:47 自己紹介 PERMALINK COM(0)
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